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May 28, 2007

5/28(月) はれ・風がひんやり

ドキュメンタリー映画「ひめゆり」で印象に残ったこと。
ひめゆり学徒隊だった証言者たちが、実体験を語るそのシーン。
「防空壕で被弾した」というはなしなら、その現場でカメラをまわして証言していただく。
「沖縄最南端の海岸で被弾した」というはなしも同様。
そこに行くんですよ。惨状があった場所に。
これは証言者の心中を想像してしまう。
防空壕跡地の、荒れた足場の悪い入口を八十二、三歳の方ひとりで降りていく姿をみるのは
ヒヤヒヤしましたし、つらいものがありました。
しかし、語っていただいたことには感謝しないといけない。

「昨日のことのようにはっきりと覚えている」
「信じていたものが間違っていた。だまされていた。教育が大事だ」
「解散命令後はぐれた友だちの自決の知らせが信じられなかった」
「先生から『生きろ、何が何でも生きろ』と言われた」
「今は平和だから、それは当たり前に思われるかもしれないが
とても感謝しなければならないこと。いのちの大切さを忘れないで」
「わたしが体験した事実を伝えることが、わたしの使命」

少女時代・青春時代、感受性が豊かな時期に戦争を体験したこと。
決して癒えることのない傷の深さ。

アメリカ軍も酷いと思いますが
それが戦争というものですから黙ってみるしかない。
それより日本軍、特に戦争の指揮をとっていた人間たちに
怒りとさびしさを覚えました。

現在の沖縄名護市辺野古沖米軍基地移設問題、自衛隊調査活動介入。
ひめゆり学徒隊のはなしは、昔のはなしでは済まされないものです。

 

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投稿者 fumitoku : May 28, 2007 11:06 AM

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