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November 21, 2006

11/21(火)

「神沢利子展プロジェクト」

市民参加でいきなり知らない人たちが集い
一緒にプロジェクトをつくりあげていくわけで
それ自体がこのプロジェクトのいちばん面白い特徴だと思うのだが
進行上、実にいろんなできごとがある。
こんなことを言うとしかられるかもしれないが
本来私は、総括としての器量の持ち主ではないので
これもまたいろんな意見をいただく。

いろんなできごとが起こるほとんど全ての原因が
来年3月に展覧会を開くことにあると思う。
つまり、これまたいろんな意味で時間がないのである。

プロジェクトを進める上で、大きくは組織の体制づくりと
展覧会の中身を企画・実制作するという2つのやるべきことがある。
先ずは前者の土台をつくりながら
後者も時間をかけてやりたいところだが
実際は、後者にエネルギーを費やして
前者が結果として少しおざなりになってしまっている。
そのつもりはなくてもだ。

参加者それぞれに役割分担をして
みんな参加しながら、一部に負担がかからないようにできないものか。
私はそれができればいいと思うし、そうしたいという声もある。
お互いをフラットな関係にもしたいと思うのだが
ボランティアがボランティアにもてなしをしなくてはならない状況だ。
事実、一部のメンバーに負担がかかっている。

でもこれは当然のこと。

仕事をかかえた人、専業主婦たちが使える時間は限られている。
この組織はNPO法人ではない。誰かをしばることはできない。最後は自主性しかない。
大きな仕事をしたことがある人は、展覧会の企画の経験がなくても想像できることだろう。
楽をしながらつくった展覧会が、人に来てもらうものとしていいものになるはずはない。
多分、かなりがんばっても満足のいくもができるかどうかは分からない。
時間のない状況の中での想像以上の大変な労力。
それはもてなす側として当たり前で必要なことなんだ。

肉体的にも精神的にも大変かもしれないが、私はそうは言いたくない。
なぜこのプロジェクトに参加したのか。
プロジェクトに関わる前に、やりたいと思った、こころが動いた理由があるはずだ。
それなら何が何でもやるしかないだろう。
生みの苦しさの中にも楽しさはいっぱいつまっている。

でもこれは私の考え方である。
ポジティブな人、ネガティブな人、自主的な人、受け身の人、提案する人、批判する人…
いろんな人がいる。みんなが同じである必要もない。
だから、私がやらなければならないことはどういうことかも分かっている。
分かっているけどうまくいかないこともある。

最後まであきらめないでやりきることならできるんだけど。
それだけならば自分のことだから簡単なことなんだ。


11/17(金)-19(日)

家族3人で長野方面に小さな旅。
親類の家に2泊させてもらう。
食事をごちそうになり、日中は一緒に美術館などに出かけた。

八ヶ岳小さな絵本美術館(田島征三・田島燃 二人展)
安曇野ちひろ美術館(ちひろが愛した風景、韓国の現代絵本原画展)
イルフ童画館(瀬川康男 絵本原画展、武井武雄、モーリス・センダック常設展)

各展覧会で作品に向かい合うとエネルギーをつかう。
でも作品をつくりだすためにつかうエネルギーの大きさははかりしれない。
展覧会場は、作家のエネルギーがつまった空間だともいえる。
作家の立っている場所が何となく見えてくる展示内容にはぐっときた。
作品の好みもあるが、作家のまなざしが感じられる展覧会が好きみたいだ。
神沢利子展プロジェクトはそういう展覧会にしたいと思う。

長野の旅。三鷹も自然がそれなりに残っているが
自然の基準が三鷹とは全くことなる。
雲の上から顔を出す、雪で白く尖った山に囲まれた
あんな景色をいつも見ている暮らしからは
どんなこころの原風景がきざまれるのだろう。

長野にはもうすぐ厳しい冬がやってくる。
私たちは、最後の秋の小さな旅を楽しんだ。


11/15(水)

遅ればせながら13日放送の「豪腕!コーチング!!」収録DVDを観る。
鍵田真由美さん、佐藤浩希さんのおふたりに囲まれて
有賀さつきさんのこころが洗われていくのが分かった。
有賀さんが勝利を手にしたこともよかったが
それ以上に有賀さんの魂が裸で、勇気を持って思い切って挑む姿が
印象的だった。素晴らしいものを観ることができました。
mamiとhiroはすごいよ。ありがとう。


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投稿者 fumitoku : November 21, 2006 08:50 PM

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