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June 30, 2006

6/30(金)「2100」「3700」「7000」と縦1.7cm横5cmの3つの紙切れにボールペンで書かれた数字。幡ヶ谷の『酒処たまははき』の勘定の紙切れを見つけた。順に「ひとりでほどほど」「ひとりでたっぷり」「家族でたっぷり」と楽しく呑んだんだろう。店主があの世に旅立ったことで、この世の酒処は多くの常連さん達に惜しまれながら店じまいとなった。「女は居ていい。お前はとっとと帰れ」という声。今はいい思い出なのか、さびしい思い出なのか。モロヘイヤやツルムラサキが八百屋に出てくると、地のもの、旬のものを食べさせてくれたなぁと、また思い出す。居場所の持つ力を思い知らされる。

キム・ヨンナムさんの記者会見は、本当の自分の意志を言えない姿に、怒りとさびしさが残るものとなった。あの手この手と幼稚な発想で手をうってくる独裁者。それらはそっくりそのまま本人の姿をあらわしている。アメリカや国際社会に協力をあおぐことは良いと思うが、日本政府は独自にでも、もっと声を大きくすべきだ。

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June 27, 2006

6/27(火)我が娘。満二歳。おめでとうとありがとう。
 2月に仕込んだ手前みそ。今日天地返しをした。今のところ悪くないできなので、友人たちに秋の終わり頃には、多分お裾分けできるでしょう。
 用賀のスタジオに撮影立ち会い。帰りのラッシュの電車。ムシムシギュウギュウ。

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6/27(火)三鷹や調布の保育園、幼稚園の申し込みについて悩む。保育園は定員オーバーでどこも待機児童であふれている。一時保育ばかりしていると月10万円以上飛んでいく。対する幼稚園は大体三歳から。しかも近所にはない。現在の日本、確かに核家族で働きながら子供を育てるのは容易ではない。第二子に踏み出せないという話をきくこともあるが、それはうなずける。それをうまく乗り越える方法を模索中である。

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June 24, 2006

6/24(土)神沢利子展企画準備会第3回会議に参加。プレイベントとメインイベントのそれぞれの目的を何となく確認し、少しずつ輪郭があらわれてきた。「神沢利子展」が「みたか・子どもと絵本プロジェクト」の企画展第一弾としてどう芽を出して花開くか楽しみだが、まだ想像はできない。予想できることは「たくさんの市民が参画すること」になることだ。力を合わせることでできる力を信じながら自分の役割を考えようと思う。

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June 23, 2006

6/22(木)西岡兄妹『地獄』と『花屋の娘』を購入。『地獄』の装丁はDTPという感じがして、そのせいかもしれないが、手づくり感のある『ぼく虫』の方が好きだな。あとがきの残りものには福がある、という言葉通りだ。ウェブで本を購入すると、実物を確かめられない。吉とでるとは限らない。毎回そこに小さなサプライズがある。西岡兄妹の世界。大人になるかならないかくらいから、こんな世界も何となく受け入れることができると思う。幼い娘用の絵本とは別物。たまにこういう絵本も読みたくなる。http://www.ztv.ne.jp/bro-sis/

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June 22, 2006

6/22(木)『ミセス』2006年6月号の『安藤忠雄「コドモ力」を考える ―かつて子供だった大人たちと、これから大人になる子供たちへのメッセージ―』は私たち大人に響く内容だ。少なくとも私は「そうだね」とうなずいた。ものづくりをする者にも大切なことが書かれていると思う。子供が簡単に殺されてしまう今のこの世界を変えていくにはどうすればいいかというひとつの方法が、その中にあると思う。https://books.bunka.ac.jp/np/isbn/01375062006/
 おかしいな、と考えて問題提起をして、どうすればいいか考えて、行動して、批評されて、失敗して、検証して、再度行動をおこして、反響があって、出会いがあって、つながって、ひろがって、また行動して、の繰り返しで何かが変わっていくのだろうと想像できるが、言行一致ということで数十年後にこんにちは。

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June 21, 2006

6/21(水)くもり少し雨。今日は6/29まで開かれている『神沢利子の世界』をのぞきに行くのが目的で、家族で教文館ナルニア国へ行く。ナルニアホールの『鹿よ、おれの兄弟よ』原画展がとても素晴らしかった。原画と絵本の印刷を比べてみた。FMスクリーニング印刷と風合いのある特殊紙の仕様で工夫しているので、再現性も優れていた。でも、原画は絵の具や鉛筆の筆致が感じられて、絵を描く時間軸の奥行きと、制作中の作者の姿が想像できるから特別だ。繰り返してしまうが、本当に素晴らしかった。文と絵と製本、印刷。それぞれの力がたし算からかけ算へかわる。ひとりではできない、絵本づくりの側面を見せていただきました。ありがとうございます。http://www.kyobunkwan.co.jp/Narunia/eventn1.html

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June 20, 2006

6/20(火)今年も始まったグルッペ三鷹店の朝採野菜の宅配。山梨の農家梶原さんから届く新鮮野菜たち。今は大根、キュウリ、レタスなんかがおいしい。そばやそうめんに大根おろしをかけて食べるのが好き。この辛み、大人の味。http://www.gruppe-inc.com/

戦争体験がない私たちの世代。今も世界のどこかで戦争が絶えない。でも日本にいる限りでは実感がない。ワールドカップに一喜一憂しているそんな日本(方向)に、今ミサイルが放たれようとしている。世界はぐちゃぐちゃ。

山口県光市の母子殺害事件、二審の無期懲役判決を最高裁が破棄、差し戻し。残酷過ぎる犯行なので、まともな判断だと思います。この機に弁護団もまともになってほしい。殺人はゲームじゃない。やり直しのチャンスが許されるものとそうでないものがあると思う。しかし被害家族である夫、本村洋さんの戦いはまだまだ続く。見守りたい。
 最近の男女児殺害事件のニュース。騒がれては消えていくが、被害家族は今どんな苦しみの中にいるのか、想像しても何兆分の1の想像レベルでしかない。苦しみながら生きていかなければいけない親や兄妹たち。こんなことがあってはならない。私たちはこんな世界を変えないといけない。ではどうやって変えるのか。自分にできることを考える。生活や仕事とつなげたい。

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June 19, 2006

6/19(月)晴れ。夏のにおい。行かなかったが今日は三鷹の禅林寺で「桜桃忌」が行われる日だった。タイミング合えば来年行ってみようと思う。http://www.city.mitaka.tokyo.jp/bungaku/ootoki.html

童心の会発行の『母のひろば』に掲載されていた長新太さんのエッセイ『童画家に対する注文』を読む。絵本づくり、ものづくりをする側からの声。長新太さんの知らなかった一面を知った。そこには知ってよかった言葉が並んでいた。http://www.doshinsha.co.jp/whatsnew/haha.html

深大寺小学校の児童たちは登下校時に深大寺前を通る。私と娘が夕方散歩で寄った時のこと、ランドセルが正門脇に無造作に置かれていた。見ると水路でザリガニ釣りをしている下校寄り道中の男の子たちのものだった。長靴の中もどろんこ。子どもの頃に必要な五感をつかったワクワク体験をしているな。深大寺に訪れたおばあちゃんたちがみな「何やってるの」と気さくに声をかける光景もそこには日常の中にある。そんな人間模様の気持ちよさに加えて、この辺は木陰と湧き水のおかげで風が涼しく体も気持ちいい。
 犬の散歩について発見したこと。よ〜しやるぞ、ウンッと腰を下ろして踏ん張っているその落下地点に、サッとゴミ袋を広げる飼い主たち。そして見事袋の中に収まって、後のおそうじ処理、その動作1秒弱。自動改札を抜けるようなスムースな動きで散歩が続行される。飼い主たちは、我が幼子のように犬のことが分かるんだろう。

宇多田ヒカルのニューアルバム『ULTRA BLUE』を聴く。毎回ジャッケットも楽しみにしているのだが、今回は「残念っ」。アポストロフィが垂直なんですもの… クレジットのページが分かりやすいのだが、多分欧文書体に長体をかけているんですもの… 日本人が組版したのがまる分かりです。海外でもうたの評価が高いのにね。うたは前回より明るくなり聴いていて気持ちいい。いろんなことを乗り越えられたからでしょうか。

少し前に『おもひでぽろぽろ』を初めて観た。すこし歯がゆい、恥ずかしい。よくできた物語でした。女の子の気持ちの描写がアニメーションで再現されていて素晴らしい。
 『となりのトトロ』が大好きになった娘でもまだジブリ美術館のねこバスは時期が早いようだ。恐がるんです。http://www.ghibli-museum.jp/welcome.html
 ミュージアムショップで流されていたプロモーションビデオで知った、鳥肌が立つ手嶌葵さんの歌声にほれたという宮崎吾朗監督の『ゲド戦記』を観たくなった。http://www.ghibli.jp/

少し前に井の頭公園隣接の自然文化園に初めて行った。子ども連れで楽しめるところだ。リスの小径がよかった。片山健さんの絵と重なりながら目でリスを追った。http://www.tokyo-zoo.net/zoo/ino/index.html

かたつむり進行の活字書体制作。Illustrator CS2でグリフレット保存、そしてOTEdit Mac版で外字ファイルインポート後、アンカーポイント修正という制作方法が、現状私ができる最良のそれのようだ。

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June 06, 2006

最近の仕事。

ユー花園デザイナーサイトのデザイン。使用書体は、Linotype Didot Headline/モリサワA1明朝体+Optima nova Family混植、という選択。ブランドロゴの「+F」は、Firmin Didotの書体見本図録を参考に、プロポーションバランスをとり直し書き起こしたもの。エッジをシャープにカットするか、丸く落とすか迷ったが、このクライアントの姿勢と出立ちから、シャープな方をとった。http://www.plus-f.net/

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June 05, 2006

秋田小1男児殺害容疑者が捕まった。

捕まったのはいいが容疑者を知って唖然とした。テレビに映ったその女の顔は、もはや人間のものとは思えない表情だった。自分の娘も殺したかもしれないと想像するのが当然で、そうであれば子どもを2人も殺したことになる。子どもを守るのが大人の当たり前の役目だと思う。それが壊された時、私たちに未来は無い。子どもは弱者だ。弱い者に危害を与えるのは卑怯だ。それは許せない。許せないからといってさっさと死刑で済む話でもない。同時に今日、奈良小1女児殺害犯は死刑を求刑されたというニュースも入ってきた。こいつの場合は人ではない。外面は人のかたちをしていても、魂は何かの動物のものだ。動物だから言っても分からないし死刑でも構わないのかもしれない。だけどそれでは何も解決はしない。わたしたちには後味の悪さだけが残される。

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子どもの頃の親とのかかわり方

子どもの頃の親とのかかわり方やさまざまな体験などを含めた育ち方で、その人の人間性が決まると思う。それは大人になってからそう簡単には変わらない、変われない部分だ。わたしは生き方に不器用で、人付き合いも下手だと思う。だけど、悪いことをした時には、それを認めることはできる。そこは自分の両親に感謝したい。「過ちては則ち改むるに憚ることなかれ」(私は「過ちを認むるに〜」と覚えていた)という言葉があるが、耐震偽装やライブドア事件などから見る大人たちは、過ちを認めない者が何と多くいることか。こういう人間とは話や心が通じ合うとは思えない。同じ世界で生きていけるとは思えない。宇宙人か何かなんだろう。悪いことは悪いと分かり認め合える人間同士で世界がつくられているのならば、まだ希望が持てる。

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